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METの「エフゲニー・オネーギン」を聴きました。





 オネーギン:マリウシュ・クワイチェン
 タチアナ:アンナ・ネトレプコ
 レンスキー:ピオトル・ベチャラ
 オルガ:オクサナ・ヴォルコヴァ
 指揮:ワレリー・ゲルギエフ
 ニューヨーク メトロポリタン歌劇場

 Webで放送されていたMETの「オネーギン」を聴きました。とても好きなオペラだけに感想をひとつ。音楽だけなので演出については分かりませんが、初日の印象は期待していた割には今ひとつでした。まずオネーギン:マリウシュ・クワイチェンはやはり以前のホロトフスキーを意識していたのか、朗々とした歌いぶりよりも性格的な表現に重きを置いていたもののようでしたが、ちょと空回りしていて、音楽の美しさを表現できていないようでした。レンスキーのベチャラはいま絶好調ですね「リゴレット」の時も良かったですが「わが青春の輝ける日々よ」の感傷的なアリアはとても素晴らしかったと思います。オルガのオクサナ・ヴォルコヴァは代役にしては良く歌っていたかなと思います。初日と言うことなのでゲルギエフとメトロポリタンのオーケストラはアンサンブルの乱れもありましたが、何よりもテンポがゆるすぎて、チャイコフスキーの音楽ってこんなのだったかなと疑問に感じました。
 問題だったのはタチアナを歌ったアンナ・ネトレプコですね。ここ何年かはMETの開幕公演を任されるスターですが最近、高音が苦しくなってきたのとピッチもハズレ気味ですが、LetterAriaで見られるねっとりした歌唱は清冽なタチアナの印象ではありません。もともとレジェロだった彼女にMETのような大きな劇場で強いスピントが要求されるタチアナを歌うことはちょっと無理があったのかな?それでも他の歌手を知らなければ良かったのですが、LAオペラでのコンロン氏の指揮とオクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんのタチアナを聴くとちょっとどうかなと思います。ということでアンナ・ネトレプコとオクサナ・ディカちゃんの二人の歌を並べました。さて皆さんはいかがでしょうか。
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オクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんのタチアナ、ネット・ラジオで再放送


 昨年LAオペラの開幕公演で行なわれたチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」がネット・ラジオで土曜日の夜、GMT:1700再放送されます。オクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんのタチアナは素晴らしい出来でした。オペラハウスの隅々まで響く豊かな声、瑞々しい高音域、ロシア語の発音も明瞭で、速いパッセージも難なくこなしていました。それだけではなく若いタチアナの情熱と、成長してからの気品を存分に表現していました。もちろん実演なので少しの瑕疵はありますが、今まで聴いた中では、表現は異なりますが、あのヴィシネフスカヤの名演に匹敵するくらいの素晴らしさでした。この好演で来シーズンはLAオペラの「蝶々夫人」のtitle-rollに抜擢されています。日本時間で日曜日の午前2時ですのでオペラ・ファンの方ぜひ聴いてみてください。
URL http://www.operacast.com/です。

「エフゲニー・オネーギン」の名演 Masterpieces of Eugene Onegin


 やはりこのオペラの名演といえば、小澤征爾とWeinstattsoperの演奏でしょう「スペードの女王」とともに、巨匠がもっとも得意とした演目だけに、叙情性豊かな中に、きびきびしたリズムで、細かいところもきっちりと演奏し、間然するところのない音楽が劇場を満たしていました。遙か昔、ロストロポービッチとヴィシネフスカヤの「エフゲニー・オネーギン」も実演を聴いたはずなのですが残念なことに忘れました、第3幕の舞踏会の柱が張りぼてだったことだけが妙に印象に残っています。ボリショイ劇場のDVDはとても安定した演奏ですが、たとえば青年の叫びのようなもっと必死な表現もほしいというのは欲張りでしょうか。ゲルギエフのMETのDVDもいいのですがちょっと荒っぽいかな、ルネ・フレミングもロシア語が曖昧な感じです。ただ、ホロトフスキーは抜群でした。LAオペラの「エフゲニー・オネーギン」は小澤の演奏と匹敵するほど素晴らしかったと思います。今後もLAオペラには目が離せませんね。

タチアナの恋 Love of Tatiana


チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」はプーシキンの詩をそのまま歌詞にあてはめたことで知られていますが、それまでして原作を尊重した真意はどこにあるのでしょうか。同じ恋愛物語として有名な「ロミオとジュリエット」と比較すればその違いは明らかでしょう。「ロミオとジュリエット」は対立するキャピュレット家とモンタギュー家の確執からふとした行き違いで殺人が起こり、お互いの誤解から愛する二人が死を迎えるという話で、有名なバルコニーでの象徴的なシーンを含め、究極の恋愛を描いていますが、そのような現実はなかなか起こらないことは、読者や観衆は感じており、どこかメルヘン的で別世界の出来事として、醒めた目で見てしまいがちです。ところがプーシキンの「オネーギン」は世慣れない15歳の内気なタチアナが、洗練されたオネーギンに一目惚れしてしまったり、タチアナが思い切って恋文をしたためる高揚と恥じらい、それを物知り顔のオネーギンに説教される屈辱、ふとした弾みから親友のウラジーミルと決闘する羽目になる二人の青年の錯誤、親友を撃ってしまったオネーギンの後悔、再会したときのタチアナの美しさに目を見張るオネーギン、グレーミン公爵の老いらくの恋とタチアナの献身、そしてタチアナに再び心を打ち明けるオネーギンと、揺れる心を押し隠してオネーギンの愛を拒絶するタチアナなど、一つの物語の中にいろいろな恋の様相が無理なく盛り込まれており、誰もがどれか一つはいつか経験したことがあるのではないでしょうか。劇的な抑揚は少ないものの、読者や観衆が主人公に素直に感情移入できる素晴らしい作品です。タチアナの悩み、苦しみ、希望、情熱が一人一人の人生の陰影を映し出しているのです。それが「エフゲニー・オネーギン」の素晴らしいところだと思います。物語のそれぞれがこれを見た人々の人生の一部分になっているのです。オクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃん、とても素晴らしく歌っていましたよ。

素晴らしかったLAオペラの「エフゲニー・オネーギン」


 昨夜、2011年の開幕を飾ったLAオペラの「エフゲニー・オネーギン」がストリーミング放送されました。さまざまなサイトの評判通り素晴らしい演奏に感激しました。オネーギンを歌ったDalibor Jenisも素晴らしかったし、オリガのEkaterina Semenchukもおきゃんな感じで好感を持てました。またレンスキーのVsevolod Grivnovもこの悲劇の青年の苦悩をよくあらわしていました。なんと言ってもオクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんのタチアナが最高でした。12分にも渡る「Letter Aria」では15才の乙女の恥じらいから手紙を書くのが一向に進まず、夜が明けるにしたがって感情が高まり一気に手紙を書き上げる、少女から大人の女性への移り変わりを見事に歌い上げていました。途中少しオーケストラにぶら下がりそうになっていましたが立ち直り、最後は持ち前の美しく、力強い声で観客から盛大な拍手を受けていました。それぞれの歌手がBIG-VOICEでありながら言葉を丁寧に歌い、細かな表現も疎かにせず、こんな「エフゲニー・オネーギン」は久々に聴いたような気がします。James Conlonはあまり日本には縁のない指揮者ですが、ダイナミックかつ的確な指揮で私の好きなオペラ指揮者の一人です。歌手のこともよく考えている指揮ぶりでした。何よりも彼が音楽監督になってからはLAオペラはとても充実しているように思われます。ただ合唱がロシア語に慣れていないせいか、やや乱れがちなのが残念でした。
 それにしても午前2時に始まり、「Letter Aria」が3時、トリケの歌が3時40分、ポロネーズが4時10分というのは、日本でオペラを聴く宿業ですね。(笑)素晴らしい舞台なので、ぜひBDで発売してほしいところです。
 写真をUPしますがオクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんは歌も姿も気品があって、チャイコフスキーが理想としたロシアの女性像にぴったりですね。その美しさは神ががっています。
プロフィール

dawa7761

Author:dawa7761
オペラをこよなく愛する者です。
すばらしいリリコ・スピントであるOksana Dykaちゃんのファンです。
東の果ての国から応援しています。

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