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2013ヴェルディ・ワーグナーYEAR


 今年はヴェルディ・ワーグナー生誕200年と言うことで世界中だけではなく、我が国でも来日歌劇場、日本人による公演が目白押しです。主だったところを挙げますと
01/23-2/5 ワーグナー「タンホイザー」(新国立劇場)
02/10,11 ヴェルディ「仮面舞踏会」(藤原歌劇場)
03/09,10 ヴェルディ「椿姫」(びわ湖ホール)
03/23,24 ヴェルディ「椿姫」(神奈川県民ホール)
03/11-30 ヴェルディ「アイーダ」(新国立劇場)
04/04,07 ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(東京・春・音楽祭)
04/17,19 ヴェルディ「オテロ」(フェニーチェ歌劇場公演・オーチャードホール)
05/01-04 ヴェルディ「マクベス」(二期会)
05/19-06/04 ヴェルディ「ナブッコ」(新国立劇場)
09/05,07,08 ヴェルディ「椿姫」(藤原歌劇場)
09/04-14 ヴェルディ「ファルスタッフ」(ミラノ・スカラ座公演)
09/09-15 ヴェルディ「リゴレット」(ミラノ・スカラ座公演)
09/14,15 ワーグナー「ワルキューレ」(神奈川県民ホール)
09/21,22 ワーグナー「ワルキューレ」(びわ湖ホール)
10/03-22 ヴェルディ「リゴレット」(新国立歌劇場)
12/01,04,07 ヴェルディ「仮面舞踏会」(トリノ王立歌劇場)
 と見るとやはり規模の大きさからヴェルディの方が多い感じがしますね。7月の兵庫芸文は「セヴィリアの理髪師」でしたし、そのほかハンガリー歌劇場、プラハ歌劇場の巡回公演もあります。無論、生演奏も素晴らしいですが、最近は映像、音響機器も素晴らしいので家で聴くオペラもなかなかですよ。僕は生演奏も聴きに行きますが、家でも暇を見つけて聴くようにしています。だって3時間あればたいていのオペラは見られますもの・・・。でもワーグナーはさすがに無理ですね。

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教科書に載っている小説って面白くないですよね。NHKニューイヤーオペラコンサートを聴いて


 皆さんが学生時代、教科書に載っている小説を読んで面白く感じたことはありますか。たぶん、ほとんどないと思います。説教くさい内容、通り一遍の講義、押しつけがましい解釈など、「ああ、またか・・・」って感じたことが多いと思います。でも、自分で好きなように想像を膨らませて読むと、源氏物語も、芥川や漱石だって結構、興味深いです。年明けに行われたNHKニューイヤーオペラコンサートを聴いて、そんな感じを受けました。正確なピッチ、楽譜に書かれた正しいテンポやフレーズ、しかし、それだけでは歌の魅力はありません。歌手の皆さんは正確には歌っているものの聴衆を感動させてくれるような歌は少なく、音楽の先生が模範として歌っているような感じでした。パヴァロッティの歌なんて、今だったらコンクールの予選で落ちてしまいそうですが、その歌にオペラ・ファンは熱狂したのです。もっと喉を開放して思い切り歌って欲しいと思いました。関西のリリコ・スピントの代表である並河さんがワルキュ-レの乙女の一人だったり、大村博美さんも本調子でなかったりで残念でしたが、文枝師匠が目立っているようではいけません。タッカー・ガラみたいに歌手が主役でなければ・・・。ということで日本でも実力のある若手歌手の歌を聴くことが、今年の目標のひとつとなってしまいました。

オクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんの近況


写真はフランクフルトの「トスカ」です。
 オクサナ・ディカ(Oksana Dyka)ちゃんは12月のサレルノ、に続きナポリ、ベルリン、ローザンヌとキャンセルが続いています。ローザンヌの「トスカ」は放送の予定があったのにファンとして、その美しい声が聴けないのはちょっと寂しいです。が、Losの「蝶々夫人」の様子を見ているとご出産なのかもしれません。ここは充分、休養されて、是非、来日の際は素晴らしいアメリアを歌って欲しいと思います。

マリリン・ホーンMarilyn Horne 私の愛したリリコ・スピント


 独特な個性的な、しかしながら力強い声で一世を風靡したのがマリリン・ホーンです。最初はベルカント・オペラでサザーランドの相手役としての印象しかなかったのですが、それを一変させたのが、「カルメン」でした。その妖艶で独特な歌唱はいかにも悪女らしく、聴くものを圧倒させました。マクラッケンのホセ、クラウゼのエスカミリオも素晴らしく、歌手のバランスでは他の追随を許しません。また指揮のバーンスタインがいかにも作曲家らしい指揮ぶりでそのゆったりとしてダイナミックな演奏は、普通のオペラ・ハウスの指揮者にはとうてい真似できません。ただ、日本の評論家諸氏には受けが悪く○○芸術では当初推薦盤にもなっていませんでした。その了見の狭い論評がイヤになって、この「カルメン」から、自分自身の目で、耳でオペラを鑑賞したいと思い始めた、いわく付きの演奏です。でもほんとうにマリリン・ホーンの歌って一聴の価値がありますよ。

レジーヌ・クレスパンRegine Crespin 私の愛したリリコ・スピント


 レジーヌ・クレスパンも素晴らしいリリコ・スピントでした。出身国のフランスものだけではなくイタリア、ドイツ系のオペラも歌っていましたが、ドイツ語のnoteも素晴らしく、ドイツ人よりも上手かったそうです。。その艶やかで美しい声は聴くものを魅了しただけではなく、細やかなディクテーションで人物の感情や思いを伝えていたかと思います。CDではなんと言っても「ばらの騎士」の元帥夫人、「ワルキューレ」のジークリンデは素晴らしく女性らしい優しさのある歌唱は絶品でした。カラヤンの「ワルキューレ」ではブリュンヒルデを歌っていましたが、ニルソンとは違った意味で素晴らしい歌でした。ただ、高音域を少し無理をして押し出しているようで、それが高音部が多い「ジークフリート」以降でブュンヒルデを歌わなかった理由とも思われます。その名声の割には残したCDは少ないのですが、上にあげた3作品だけでも、その気品と知性にあふれた歌唱はうかがえると思います。

グウィネス・ジョーンズGwyneth Jones 私の愛したリリコ・スピント


 写真はサロメを歌ったグウィネス・ジョーンズです。
 若い頃からオペラの第一線出活躍したグウィネス・ジョーンズも大好きなリリコ・スピントの一人でした。1966年のバイロイトでジークリンデを歌い、ロッテ・レーマンの再来と言われてから世界中のオペラハウスで大活躍しました。私は1968年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の素晴らしいエヴァを聴き、ファンになりました。その後、「さまよえるオランダ人」のゼンタ、「パルジファル」のクンドリー、「ばらの騎士」のマルシャリン、サロメなどドイツ・オペラの主要なレパートリーを席巻しました。でも、イタリアオペラも歌っているのですよ。一時、高音域のコントロールが問題と言われましたが、中・低音域の艶やかさと爆発的な声量は素晴らしかったと思います。その後、ライバルのアニヤ・シリヤやイングリット・ビョーナー、カタリーナ・リゲンツアを圧倒し、ブリュンヒルデやイゾルデも歌いました。CDも数多く残っていますので、是非聴いてみて下さい。イギリスのワーグナー協会の会長も務められました。

フィガロの結婚 ― プラハ国立劇場オペラ ― に行ってきました。


 フィガロの結婚 ― プラハ国立劇場オペラ ― に行ってきました。1月3日(木) オリックス劇場(大阪)の公演です。年に1,2度あるヨーロッパ・オペラハウスの日本巡回公演です。知っている歌手は伯爵夫人のイザベル・レイ以外は全くいませんでしたが「フィガロ」はアンサンブルが大切なので気にもとめずにチケットを購入しました。でもヨーロッパには知らない歌手でも上手な人がたくさんいます。 プラハの音楽院を出た若手の方が多いですね。
そして、感想ですが、とても素晴らしい「フィガロ」でした。歌手ではフィガロを歌ったミロッシュ・クラークが深い声と軽やかな演技で魅せましたし、人気役のケルビーノを歌ったミハエラ・カブストヴァーも美しい声だけではなく「恋とはどんなものか」も上手く歌っていました、演技も秀逸でした。スザンナのヤナ・シベラ、伯爵のイジー・ブリクレルもよく歌い、演技も良かったと思います。ちょっと残念だったのはイザベル・レイで本来スーブレットだった彼女にスピントが要求される伯爵夫人は苦しかったと思います。強く歌うところはヴィブラートでカバーし「あの楽しい思い出はどこに」では後半のA-A-A♭がきつかったと思います。「そよ風」の二重唱では出を間違えていました。指揮のハルペツキーもリズム感のあるはつらつとした演奏でとても気持ちが良かったです。感心したのはチェンバロのPirochovaさんでとても丁寧にレチタティーヴォの伴奏をしていました。アリアも大事ですがレチタティーヴォをいかに魅力的に歌えるかがこのオペラの鍵で、歌手の方は随分助かったろうなと思います。演出や舞台も簡素でしたが伝統的なもので初心者にも分かりやすかったと感じました。programを見ると20代後半の若手の歌手が多く脇をベテランが固め、とても美しい声と息の合った演技でほんとうに楽しめました.家内が「CDの名演奏にもひけを取らないね」と言った言葉が最も適切な評価だと思います。これから巡回公演が続きますが、一見の価値はありますよ。最後に、チェンバロの調律師の方が公演の直前まで、そして幕間にも懸命に調律していらっしゃったのが印象に残りました。

音楽批評と二項対立


 写真は柴田南雄先生です。
 いわゆる音楽評論家の批評を読むと精神的か、表面的かという二項対立で語られる場合があります。が二項対立はすでに200年前の論理学で現在ではそのような論法を使う学者はおりません。私は少し文芸批評もかじっていますが、例えば「川端康成の小説には精神性が感じられる」などと書くようものなら、その世界では全く軽蔑されてしまいます。ところが音楽評論の世界ではこんな文章がまかり通っています。音楽に素人の私のようなものが感想で言うのならかまいませんが。プロの音楽評論家なら具体的に誰もが納得できるような客観性を持って音楽評論をして欲しいものです。私が今まで音楽評論として納得できたのは、吉田秀和先生と柴田南雄先生の論評ぐらいでしょうか。

カラヤンの罪、ショルティの錯覚


 明けましておめでとうございます。今年も「私の愛したリリコ・スピント」をよろしくお願い致します。ただいま、ニューイヤー・コンサートを見ながらBlogを書いています。(何という贅沢!!!)
 わたしも含めて日本のオペラ・ファンはレコードやCDによって育てられました。その録音はセッションを組んで何回も取り直し、良いところを選んで作られた音楽でいわゆるミスのない完璧に近い演奏でした。そんな演奏を当たり前だとその当時は思っていたのですが、実際に毎日毎日、いろいろな演目をこなすオペラ・ハウスでは理想的な上演はシーズンに何回もできません。
 それに似た経験をしたのは昔、初めて見に行ったベルリン国立歌劇場の「ニュールンベルグのマイスタージンガー」でした。名指揮者、オトマール・スウィトナー、テオ・アダムのザックス、ペーター・シュライヤーのダヴィッドとなれば期待が高まるのも当然でしたが、いざハ長調の堂々とした前奏曲が始まると、音の出は一致せず、オーケストラのパートもバラバラで「こんなのでいいのかな」と思いました。が、曲が進むにつれだんだん歌手もオーケストラも息が合い、最後は感動の大合唱で締めくくりました。
 思えば5時間近くもの大オペラを最初から息も抜かずに演奏すること自体が不可能なことですね。その時からオペラは肩から力を抜いて、余裕を持って鑑賞するべきものだと思いました。だからレコードやCDに残っているカラヤンやショルティのオペラってとびきりの名演なのですよ。
 さて、今年はワーグナー、ヴェルディの200年祭です。ニューイヤー・コンサートでもウェルザー・メストがこの二人の曲を演奏しています。私もこのBlog を少しでも充実させたいと思います。
プロフィール

dawa7761

Author:dawa7761
オペラをこよなく愛する者です。
すばらしいリリコ・スピントであるOksana Dykaちゃんのファンです。
東の果ての国から応援しています。

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